港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第40回 大倉山記念館はプレヘレニックではない?

港北区の文化のシンボルとして親しまれている横浜市大倉山記念館は、平成3年(1991)11月1日に横浜市の文化財に指定されています。この建物を設計したのは、建築家の長野宇平治(ながのうへいじ、1867~1937)です。長野は古典主義建築の第一人者で、奈良県庁舎、北海道銀行本店、横浜正金銀行東京支店、日本銀行増築部分などは彼の設計になります。大倉山記念館は、彼が設計新築した最後の建物であり、長野は、自らこの建物を「プレヘレニック様式」と名付けました。ヘレニズムとはギリシア風の文化ということで、プレはその前身ということになります。ですから、プレヘレニック様式とは、ギリシア以前の建築様式ということです。今風に言えば、エーゲ文明様式となりますか。
以後70年にわたり「プレヘレニック」と呼ばれてきましたが、最近になり、女子美術大学教授勝又俊雄(かつまたとしお)先生により、この様式名が必ずしも正しくないことが指摘されました。先生の研究によりますと、ギリシア以前のエーゲ文明は、かつては神話世界の話で実在しなかったと考えられていました。ところが、シュリーマン(1822~90)がトロヤ、ミケーネなどを発掘したことにより、初めて実在が明らかになりました。大倉山記念館の作られるほんの50年ほど前のことです。エーゲ文明の研究は、その後大きく進展し、ギリシア文明以前にも新石器時代にまでさかのぼれる数千年に及ぶ様々な文明の歴史があり、各文明の栄えた地域や時代区分も詳細に分かってきました。そのため、現在では長野宇平治の名付けた「プレヘレニック様式」の名称では、あまりにも漠然としすぎているのです。
長野が設計した大倉山記念館の特徴は、上部が太く下部が細くなる裾細り(すそぼそり)の円柱にありますが、これはエーゲ文明の中でもクレタ・ミケーネの建築様式です。建物の細部を詳細に見ていくと、「トリグリフと半ロゼット」「円盤列」「連続螺旋(らせん)文様」はクレタ起源のデザインですし、「三角型空間」「ロゼット」「山形・螺旋両文様の構成装飾」「三連出入り口」はミケーネ起源のデザインです。したがって、勝又先生によると、現代では「クレタ・ミケーネ様式」と呼ぶのが相応(ふさわ)しいのだそうです。
近代日本の西洋建築は、ヨーロッパの古典主義建築の模倣(もほう)でした。その西欧においても、古典主義建築は古代ローマ建築が基本で、ギリシア以前に遡(さかのぼ)ることはありませんでした。それは、エーゲ文明の実在が明らかになり、西欧の建築家がこれらの成果を取り入れる以前に古典主義建築は衰退してしまい、ついに採用されなかったのです。ところが、ただ一人、極東の日本において長野宇平治がその再生に成功したのです。そのため、大倉山記念館は、日本のみならず世界に唯一のプレヘレニック様式による近代建築なのです。
勝又先生の研究成果は、『大倉山講演集 Ⅹ』(2001年3月刊)に紹介されています。
大倉山記念館は、昭和4年(1929)に建設が始まり、昭和7年(1932)4月9日に完成しました。今月で満70歳の喜寿(きじゅ)を迎えます。そこで建築70年を記念して、7月2日(火)から7日(日)まで、展示会を開催いたします。ご期待下さい。

(2002年4月号)

付記1 『大倉山論集』第49輯(2003年3月)には、「大倉精神文化研究所の建築の研究 補遺」を掲載しています。併せて御覧下さい