大倉山の歴史・文化を訪ねて

(平成17年1月15日、於港北公会堂)
平成16年度港北区生涯学級、主催:「グループ・まーず」

配付資料
大倉山の歴史・文化を訪ねて

講師 大倉精神文化研究所専任研究員 平井 誠二 
1、大倉山の歴史-縄文から大正まで-
①縄文・弥生の出土品と遺跡
・大倉精神文化研究所内遺跡……昭和4年出土、平面図・断面図あり、『弥生式土器集成』
・師岡貝塚……権現山の東斜面、縄文前期から中期
②平安から鎌倉
・神亀元年(724)師岡熊野神社の創立         *神社は氏子集団(師岡衆)により維持される
『江戸名所図絵』……「いの池」の弁天、別当法華寺、「のの池」は御手洗
・10世紀『延喜式』式内社の杉山神社(続日本後記838年記事が初出)と都筑党……鶴見川の少し上流
・小机城の築城……鎌倉時代
③室町から戦国
・小机城が後北条氏(天正18年滅亡まで)の支配下に入る……港北一帯はその支配下
・1500年大曽根砦の築城……殿谷の笠原氏(後の冨川氏)、菩提寺の龍松院
・1568年武田軍との戦い
④江戸から明治
・大倉山(観音山)を境にして南西側の太尾村と北東側大曽根村
「港北地名を調べる会」の字名地図、大曽根の小字・谷戸・道路・旧家
太尾村……市ノ坪・観音前・五丁前・棒田谷・牢尻・八反野
大曽根村……八幡耕地・榎戸耕地・根崎耕地・堤外耕地

2、東急電鉄と大倉邦彦
①東横線開業と太尾駅
・大正15年(1926)2月14日東京横浜電鉄の神奈川線開通(丸子多摩川以南)
・昭和2年(1927)渋谷線開通
②五島慶太と大倉邦彦……共に明治15年(1882)生まれの46歳
・昭和3年に大倉山の土地を購入
・研究所の建設……昭和4年10月から7年4月9日
施 主  大倉邦彦
目 的  国民の良心の扉を開く
設計者  長野宇平治
施工業者 竹中工務店
特 色  プレ・ヘレニック様式(長野宇平治命名)
③太尾駅から大倉山駅へ……昭和7年3月31日全線開通

3、大倉精神文化研究所から横浜市大倉山記念館へ
①本館は人間を表している
・中央館(心・信仰心)と左右両翼(知性・学問)
・「心の間」のステンドグラス(金色の光)と獅子と鷲の彫刻、回廊(ギャラリー)、講義室(第4集会室)
②戦前の活動……『神典』の編纂、月刊誌『躬行』の発行、各種修養会の開催
③戦中……海軍気象部分室が借用……久保栄『日本の気象』
④戦後……大倉山文化科学研究所、大倉山学院、図書館を国会図書館分館に
⑤大倉山記念館……昭和59年(984)に開館し、港北の文化の中心へ
⑥文化財指定……平成3年(1991)記念館、平成16年(2004)建設関係資料

4、大倉山公園の歴史と将来
①昭和初期の大倉山
鳥獣保護計画(昭和10年)と風致地区指定(昭和16年)
②梅林の歴史……五島慶太の沿線開発(宅地開発、多摩川園、綱島温泉)と関東高野山計画
・梅の本数と種類……平成11年に25種類180本→平成16年201本36種類
・東横神社……昭和14年遷座、五島慶太以下東急関係者を祀っている
③都会の中の貴重な緑地……昭和56年に1199本の樹木、平成元年に大倉山公園の開園
④芝桜の山へ……まず平成16年12月7日に5,000本の苗を植栽

以上