港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第204回 青山学院大学綱島総合グラウンド -港北区と野球の関係・その2-

 

プロ野球は10月に福岡ソフトバンクホークスの日本一で幕を閉じましたが、今年は11月に世界野球WBSC プレミア12が開催されました。これはWBSC(世界野球ソフトボール連盟)が主催する野球の国際大会です。ここで日本代表を率いたのは元福岡ソフトバンクホークスの小久保裕紀(こくぼひろき)監督です。小久保さんは、青山学院大学の硬式野球部を経て、平成6年(1994年)にプロの道へ進みました。この小久保さんが大学時代に硬式野球部で練習していた場所、それは綱島でした。

鶴見川と早渕川の合流点の西側に位置する綱島上町(つなしまかみちょう)には、昭和36年(1961年)から平成13年(2001年)まで青山学院大学の綱島総合グラウンドがあり、敷地内には野球場、ラグビー場、馬場、400メートルトラック、陸上競技場、サッカー場、軟式庭球場、硬式庭球場などが整備されていました。小久保さんは『青山学院野球部120年の歩み』に寄せた回顧の中で、自身の野球の原点は、綱島での生活にあり、青学野球の伝統ともいわれる綱島での自主練習が自分を作ってくれたと述べています。

綱島にグラウンドが出来る以前は、世田谷区の桜新町に造成した玉川総合グラウンドを使用していました。しかし十分な広さがなく、野球の打球が民家の窓ガラスを割ることもあったため、昭和33年(1958年)、綱島上町に玉川総合グラウンドの約2倍にあたる1万9千坪の土地を購入しました。造成工事は翌年から始まり、昭和36年に綱島総合グラウンドが完成しました。

グラウンドが出来た頃は、土が粘土質だったために水捌(みずは)けが悪く、雨が降った後はスポンジで水を吸い取りながらの練習だったそうです。昭和41年(1966年)には、木造平屋建ての野球部合宿所が野球場に隣接して建てられ、それまで下宿先や実家から通っていた部員達が日夜野球に専念出来る環境が整えられました。さらに昭和53年(1978年)には、青山学院創立100周年記念事業の1 つとして、鉄筋コンクリート4階建の体育寮「マクレイ・ハウス」が野球場の東側の区画に建設され、綱島総合グラウンドを練習場所とする体育会各部員の生活拠点となりました。

この頃の合宿所に伝わる歌として、昭和53年度卒業の平手太郎さんが120年の歩みの中にこんな歌を記しています。歌詞からは、綱島が温泉街だった頃の賑わいや、それと対照をなす野球部での厳しい生活が垣間見えますので、一部を引用します。

窓を空ければ綱島の赤いネオンが目に染みる

可愛いあの娘が手招して、出るにでられぬ合宿所

人里離れた綱島に野球地獄があるという

やるだけやるぞこの俺はどうせ渡れぬ涙橋

綱島で大学時代を過ごし、プロへ進んだ硬式野球部OB の方は沢山いますが、今も現役で活躍する選手の1人に井口資仁(いぐちただひと)さんがいます。ちなみに小久保さんは平成2年(1990年)入学、井口さんは平成5年(1993年)の入学で、2人は大学で1年だけ一緒にプレーをしています。綱島の野球場と小久保さん・井口さんにまつわるエピソードが、昭和63年(1988年)から昨年まで青学の硬式野球部監督を務めた河原井(かわらい)正雄さんの著書『感涙の闘将(かんるいのとうしょう)』に書かれています。

著書に拠(よ)れば、小久保さんが入学すると、あまりにもその打球がネットを越えていくので、近隣住民から苦情が来るようになったそうです。そこで学校側は急遽(きゅうきょ)ネットの改修工事を行います。しかし、井口さんが入学すると、その打球は再び外野のネットを軽々と越えていくようになりました。ネットは程なく2度目の改修工事が行われ、年々高く建て直されるネットはいつしか「小久保・井口ネット」と呼ばれるようになったそうです。

綱島総合グラウンドは、青山学院大学の厚木キャンパス閉鎖と相模原の新キャンパスへの移転に伴って閉鎖され、新キャンパス周辺に整備された新しいグラウンドへ移転しました。平成13年6月23日には、地元の方や少年野球チームなども集まって、グラウンドの閉所式が行われました。硬式野球部の野球場は現在、相模原キャンパス内にあります。

グラウンド跡地は現在、総戸数945戸全19棟という大規模マンション、グリーンサラウンドシティとなっています。マンション群の中央を南北に突っ切るポプラストリートは、青学グラウンド時代のポプラ並木をそのまま残したものだそうです。敷地内は一番街から五番街まで5つの区画に分かれています。野球場があったのは南西の角の五番街にあたる場所で、今そこには6つの棟が建ち並んでいます。

さて、綱島総合グラウンドがあった場所は、かつて三歩野耕地(さんぶやこうち)と呼ばれていました。この地名についても興味深い話があります。また、青山学院大学と同様に、かつて港北区内に練習拠点を置いていた大学野球部が他にもありますので、これらの話はまた来年に。皆さまどうぞ良いお年を。

記:林 宏美(公益財団法人大倉精神文化研究所研究員)

(2015年12月号)