大倉邦彦の揮毫

沿革史資料№11566 江原家寄贈

 
(翻刻)

宇宙心通於万有古今

昭和丁卯(昭和2年) 邦彦

 

(読み)宇宙心、万有古今に通ず

 

大宇宙の根源であり、この宇宙の全ての存在を生かし、成り立たせているものを大倉邦彦は「宇宙心」と呼んでいます。これを中国風に言えば「道」であり「理」であり、「神」「根源神」「法則」「エネルギー」と言うこともできます。
この大宇宙は「宇宙心」によって成り立っており、それは万物にゆき渡って全ての現象を司っていると言います。そしてこの「宇宙心」の働きは、太古の昔から途切れることなく永遠に続いていくものなのです。これが「宇宙心、万有古今に通ず」という意味です。
以上を「大宇宙心」とするならば、私たち一人一人の心は「小宇宙心」とも言えます。これは「仏性」「真如」「神性」「内在宇宙心」と言ってもよいでしょう。私たちの心とは「大宇宙心」の一部であり、本来は一つであるということができます。私たちは本来一人一人がこの「宇宙心」を宿しているのであり、それをまず「自覚」し、そして無欲・謙虚に、「今」を真剣に生きる事によってその「宇宙心」が発露してくるといいます。(伊香賀隆)

沿革史資料№12354

 

(翻刻)

吾位非王侯 遊心天地外

俗談巳聞厭 唯欲神為泰

昭和五年正月  邦彦

 

(読み)

吾が位、王侯に非ざるも 心を天地の外に遊ばす

俗談、已に聞きて厭(あ)く 唯だ神にして泰(やす)らか為らんと欲するのみ

 

(大意)

私は王侯の位にあるものではないが、心は天地の外、つまり、大宇宙を巡っている。世俗的な話はこれまで十分に聞いてきたが、正直もう飽き飽きしている。私は、ただ、大宇宙の心(神)と一体となり、心安らかになりたいだけである。

(補足)

第一句と第三句では俗社会のこと(「王侯」「俗談」)が書かれており、第二句と第四句では、俗社会を離れた精神的な境地・希望が書かれています。(以上、伊香賀隆)

 

(背景)

昭和五年は、大倉邦彦が研究所の建設を始めた直後であり、正月の書き初めとして、「使命事業」実施の決意表明をしたものと推測している。

その決意とは、以下の通りであろう。

一介の紙問屋の社長に過ぎない大倉邦彦であるが、その精神は日々の商売活動を離れて、宇宙心と一体となっている。新聞に研究所の設立を発表した時から、数多くの賛同や批判にさらされて嫌な思いもしてきたが、そうした俗事を離れて、ただ宇宙心から自身に与えられた使命を誠実に果たすことによって、大宇宙(宇宙心)と一体で居つづけたいと願うのみである。

模範的な崩しと、四十八歳の若さ・情熱がみなぎる勢いのある筆致、文字のバランスも良く、大倉邦彦の揮毫の中でも白眉の一本である。(平井誠二)

 

 

 

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和顔愛語(わげんあいご・わがんあいご)

 

(意味)

やわらいだ笑顔をし、親愛の情のこもったおだやかな言葉を交わすこと。

 

「和顔愛語」は浄土三部経の1つである「無量寿経」に見られる語。

漢文は「無有虚偽諂曲之心、和顔愛語先意承問」

読み下しは「虚偽諂曲(こぎてんごく)の心あることなく、和顔愛語して先意承問す」

 

虚偽諂曲の心・・・虚偽は嘘偽り、諂曲は心に媚びへつらい、嘘をさも真実らしく曲げてみせること。真実心の反対。

先意承問・・・相手の意を先んじて知り、その要求を満たしてやること。

(参考文献:中村元・早島鏡正・紀野一義(訳注) 『浄土三部経(上)(無量寿経)』 岩波文庫、1991年12月15日)

 

(補足)

上・下ともに米寿を迎えた昭和45年(1970年)に書かれたもの、晩年の邦彦の穏やかな心境が窺える。

下の書は上の書を書く際の下書きと思われる。

 

 

 

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沿革史資料№11400

腹たたず こころ静に お茶はたつ

(画:茶碗と小羽)

 

 

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沿革史資料№11450

としとしに 人にまたるる 時のもの

(画:枇杷ヵ)

 

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沿革史資料№11337

無我でこそ たえざるつとめ なしとげる

(画:かかし)

 

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沿革史資料№11338

おほかたは 水のそとにて まはりつつ

水をはなれず 流されもせず

(画:水車)

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沿革史資料№11339

(画:達磨)