港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第68回 港北から国際交流


8月13日からオリンピックのアテネ大会が始まります。オリンピックというと、これまでは日の丸の数や新記録を注目していましたが、アテネは大倉山と縁が深いので、今回は記録よりも大会そのものの成功を願っています。
そもそも1932年(昭和7)に完成した大倉精神文化研究所本館(現大倉山記念館)は、ギリシャで最初に栄えたクレタやミケーネ文明の建物に模したプレ・ヘレニック様式の建物(第40回参照)です。また、館内の研究所附属図書館には、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの全集(なんと1619年版です)も所蔵しています。
この大倉山記念館にちなんで、大倉山駅西口のエルム通り(元はさかえ通り、全長200メートル)が、総てのビルの外観を古代ギリシャ風の建物に統一し、アテネのエルムー通り(Ermou Street)と姉妹提携したのは16年前のことです。その発端は、1978年(昭和53)に区役所総合庁舎が菊名から大倉山へ移転したことに始まります。当時の駅前通りは幅6メートルで、車道と歩道の区別もありませんでした。まず、区役所へ向かう東口の通りが拡幅・改修されて84年(昭和59)にレモンロードとなり好評を博しました。この間に、西口でも82年(昭和57)に西口近代化開発委員会を組織し、検討を開始していました。時あたかも大倉精神文化研究所本館が横浜市へ寄贈され、改修の後、大倉山記念館として公開(1984年)されることになります。白亜の殿堂大倉山記念館にちなんで、西口商店街は、白を基調にしたエーゲ海のイメージを前面に打ち出すことを計画しました。86年(昭和61)西口商業協同組合を設立、87年(昭和62)7月に通りの改修に着工しました。この計画は話題を呼び、話を聞きつけたギリシャ政府観光局の肝煎で、アテネのエルムー通りと姉妹提携(ていけい)の話が持ち上がりました。エルムー通りは、日本の銀座にあたるような、世界的に有名なファッションストリートです。早速組合員20名がアテネへ視察に行き、仮提携を結びました。
1988年(昭和63)7月21日からオープニング記念として「エーゲ海フェスティバル」が開催され、アテネ市の代表を招いて正式調印も行われました。フェスティバルには、池田満寿夫・佐藤陽子夫妻も参加され、大きな話題となりました。その後、全国の商店街からは数え切れないほどの視察団が訪れ、テレビの「出没、アド街ック天国」(2000年10月21日)にも取り上げられました。アテネ市との友好は現在でも続いています。
このように、市民レベルでの国際交流に長い歴史をもつ港北区に、4年前新たな施設がオープンしました。2000年(平成12)9月1日、大豆戸町(まめどちょう)に地域ケアプラザと共に開設された「港北国際交流ラウンジ」(電話430-5670)がそれです。港北区の委託を受けた運営委員会が管理・運営し、現在250名以上もの方々がボランティアとして参加されています。在住外国人向けの活動としては、日本語教室や情報提供などの支援活動を行っています。
開館当時、区内の外国人登録者は3919人でしたが、今年6月末現在で4626人へと増加しています。ラウンジは、将来各区1館の整備を目指していますが、現在は市内にまだ5ヶ所(横浜・青葉・保土ヶ谷・港南・港北)しかありませんから、区域を越えて周辺地域からも数多くの外国人が利用しており、ますます重要性が高まっています。
オリンピックは参加することに意義があるといわれますが、国際交流も参加することに意義があるようです。ラウンジのイベントには、我々日本人が外国を理解するための海外情報の提供や、外国の方達と親しくなるきっかけを与えてくれる交流企画なども数多く用意されています。しかもその大半が無料かごく低額の費用ですから、気軽に参加できます。
さて、ギリシャは日本の三分の一くらいの面積で、人口は約一千万人です。ラウンジで、区内在住のギリシャ人は4名のみだと教えていただきました。一緒に大会の成功を祈りましょう。

(2004年8月号)