港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第73回 祝!文化財が増えました


明けましておめでとうございます。7年ぶりに港北区内の文化財が増えましたのでお知らせします。
1949年(昭和24)1月26日、法隆寺金堂(ほうりゅうじこんどう)が炎上し、国宝十二面壁画が焼失しました。この事件を契機として、翌1950年(昭和25)に文化財保護法が制定されました。そして、1987年(昭和62)12月には、横浜の地域的特性を一層充実させるため、横浜市文化財保護条例が制定されました。それから2003年(平成15)までに、市指定文化財が122件、市登録地域文化財82件が定められています。
港北区域では、1997年(平成9)までに次の11件が指定・登録されています。

・いの池                 地域史跡  市登録文化財  1988(昭63).11.1
・天童小参抄(てんどうしょうさんしょう、下巻)       典籍    市指定文化財  1989(平元).12.25  雲松院
・綱島古墳            史跡    市指定史跡   1989(平元).12.25
・横浜市大倉山記念館         一般建造物 市指定文化財  1991(平3).11.1
・飯田家住宅(主屋、表門)       一般建造物 市指定文化財  1994(平6).11.1
・石造龍吐手水鉢            石造建造物 市指定文化財  1994(平6).11.1   本法寺
・師岡熊野神社の筒粥          無形民俗  市指定文化財  1994(平6).11.1
・師岡貝塚            史跡    市指定史跡   1994(平6).11.1
・旗本笠原家の墓所           地域史跡  市登録文化財  1994(平6).11.1   雲松院
・雲松院本堂及び山門          一般建造物 市指定文化財  1995(平7).11.1
・西方寺本堂、山門、鐘楼        一般建造物 市指定文化財  1997(平9).11.4

その後、区内では6年間文化財指定がありませんでしたが、昨年11月5日に、「大倉精神文化研究所建設関係資料」が歴史資料として横浜市の指定文化財に加わりました(11月15日発行『横浜市報』第571号掲出)。大倉精神文化研究所では、1925年(大正14)の設立発案から現在に至る厖大(ぼうだい)な関係資料を整理保存していますが、その中から、1928~32年(昭和3~7)の研究所建設関係資料4,546点が文化財に指定されました。その主な内訳は、土地・建物・家具などの図面が455点、書簡252点、見積書・注文書・請書・請求書・領収書・納品書・会計帳簿などが3,427点、写真・映像45点などです。建物(大倉山記念館)が現存するだけでなく、こうした関係資料が全て揃っていて、施主(せしゅ、大倉邦彦)と設計者(長野宇平治)、施工業者(せこうぎょうしゃ、竹中工務店)との関係、材料、工法・施工の大要、建設費の実態が詳細に知られるのは、非常に珍しく貴重なのだそうです。
今回は、大倉精神文化研究所建設関係資料を含めて全5件が新たに指定・登録されました。横浜市歴史博物館において、1月16日(日)まで「平成16年度 横浜市指定・登録文化財展」が開催されています。
ちなみに、区内には国の重要文化財が1件(西方寺の注大般涅槃経)、県の重要文化財が2件(泉谷寺の板絵著色山桜図八面、西方寺の木造阿弥陀如来坐像)、県の天然記念物が1件(師岡熊野神社の社叢林)指定されています。
1月26日は、文化財防火デーです。貴重な文化財を二度と火災で失うことがないように、1955年(昭和30)に定められました。それから50年が経過しました。気持ちを新たにして、大切な文化財を将来へ引き継ぎましょう。

(2005年1月号)