港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第96回 3メートルの大蛇と格闘!


10月18日午後1時、新羽町(にっぱちょう)小山清作(こやませいさく)さん宅の庭先にブルーシートが敷かれ、その上で格闘が始まりました。総勢17名に対して大蛇(だいじゃ)は4体です。長谷川武明(はせがわたけあき)さんに御紹介いただき、当初はリングサイドで取材をするだけのつもりでいた筆者も、仲間に加えられてしまいました。新羽町に残る「注連引き百万遍(しめひきひゃくまんべん)」の大蛇作りです(第22・23回参照)。
2時間余にわたる格闘が終わって、おやつに頂いたふかし芋の何と美味(おい)しかったことでしょう。大蛇作り、特にその胴体作りは全身を使った体力勝負です。翌日は両腕が少し筋肉痛でした。
かつては農村地帯であった新羽町でも、近年では稲作をしている農家がほとんど無いために、材料のワラが手に入りません。そこで、千葉など県外も含めて、各地から良質のワラを入手しているとの話を伺いました。事前の準備でこれが一番困難を極めるようです。以前に中之久保(なかのくぼ)の町内会で、戦時中から中断していた大蛇作りを再興したとき(第23回参照)、材料の入手難により継続が難しく、新羽町連合町内会で「注連引き百万遍保存会」(現在、会長は伊藤増見西方寺住職、会員数20名)を結成し、町を挙げて保存に努めて現在に至っています。
用意したワラは、一部を南の杉山神社に持って行き、事前に御祓(おはら)いを受けます。目や舌を作るためのカチの木も入手困難になっています。
作り方の基本は、上あご(頭)と下あご、胴体を別々に作り、最後に合体させるというものです。新羽小学校・新羽中学校・新田小学校・杉山神社に飾る大蛇は、ワラ5本を一まとめにして顔を作っていきます。家庭用の蛇(へび)はワラ2本、小学生はワラ1本で作ります。大蛇作りには長いワラが必要ですが、稲の品種改良が進み背が低くなったために、短いワラしか採れなくなり、うまく作るのは難しくなってきています。
大蛇の詳しい作り方は、大倉精神文化研究所のホームページに掲載しましたので御覧ください。作り方で注意することは、上あごを編むときは、なるべく奇数段(縁起がよいとされる)に編むこと。胴体は、ワラ束を右にきつくねじってロープ状にしながら、左に重ねてねじって巻いていくことです。これは通常の縄とは逆の綯(な)い方で、「左縄(ひだりなわ)」といいます。神社の注連縄(しめなわ)や相撲の化粧(けしょう)まわしなど神事(しんじ)に関係するものに特有の綯(な)い方です。この時、力を入れてきつく綯うと、1年間雨ざらしにされても腐らない丈夫な大蛇が作れます。
近年では家庭の玄関先にもワラ蛇を飾りますが、かつては90センチくらいの注連縄を縦にして途中に幣束(へいそく、御幣ともいいます)やサイコロを付けたものを飾っていました。『新羽史』の中で、小山建次さんが図解入りで説明されています。また、昔の大蛇の目は墨で黒く塗り、舌はベンガラで赤く塗っていましたが、最近では油性マーカーやペンキが使われたりすることもあります。
新羽町では、大蛇作りや百万遍念仏(ひゃくまんべんねんぶつ)などの伝統行事について、記録を作成したり、なるべく古式に復した形で伝承していこうと努力を続けています。
10月27日には、新羽小学校の体育館で3年生がワラ蛇作りの体験学習を行いました。まず注連引き百万遍保存会のメンバー12名がPTAのお母さん達約30名に作り方を伝授し、全員協力して80名余の子供たちに教えました。保存会は結成10年、新羽小学校は創立30年を迎えています。ワラ蛇作りを学んだ子供たちが、いずれ作り方を伝える側になってくれる日が楽しみです。

(2006年12月号)