『楽・遊・学』平成24年8月号原稿

シリーズ わがまち港北

第164回 海軍気象部と横浜大空襲 ―終戦秘話その15―

 

今年2月、日吉台地下壕保存の会主催の「日吉をガイドする講座」で、戦時中に大倉山記念館(旧大倉精神文化研究所本館)へ移転してきた海軍気象部分室について話をする機会を頂きました。その講座の直前、時を同じくして、樽町の鈴木惠(けい)子(こ)さんから、気象部分室が大倉山に移転する際、無線機を運んだ江(え)田(だ)常雄さんという方が大曽根にいらっしゃるという情報を教えて頂き、江田さんにお話を伺いました。
江田さんは築地にあった海軍の水路部に入部して、海(かい)南(なん)島島(とう)で2年を過ごして帰ってきた後、海軍気象部に転属になったそうです。無線係だった江田さんは、大倉山に分室が移転する際、東京からトラックで無線機を運び、その据え付けを担当しました。大倉山の坂は急な坂で、ツルツルしてどうしようもないところをやっとのことで上げたのを覚えているとのことです。ただし、江田さんは大倉山の分室では勤務をしておらず、気象部時代に大倉山へ来たのは、無線機の据え付けをしたその一日だけでした。大倉山へ来た日にちについてはご記憶にないとのことでしたが、研究所の日誌を見ると、昭和19年(1944年)5月19日から24日の間、気象部員が研究所に来て、機械の搬入や取付作業、工事等を行ったことが書かれています。江田さんが来られたのも、この間のことだったのではないかと思います。そして終戦を迎えた後、昭和23年(1948年)に、江田さんは大倉山記念館にほど近い大曽根で、電気屋さんを開業しますが、それは全くの偶然だったそうです。江田さんからは、他にも戦後の大倉山や大曽根について興味深いお話をたくさん聞かせて頂きましたので、いずれ機会を改めてご紹介したいと思います。
江田さんには、旧海軍気象部に関する様々な資料も見せて頂きました。その中に、海軍気象部関係者の同窓会「青(あお)空(ぞら)会会(かい)」が作った『記録文集あおぞら』があります。文集は全5集で、大倉山分室について触れた文章も数篇載っています。その中の1つに、第4集に掲載された吉野町子さんの回想があります。吉野さんは、女(じよ)子(し)挺(てい)身(しん)隊(たい)として気象部に配属され、昭和20年(1945年)3月から終戦後の9月まで大倉山で勤務していました。吉野さんの回想には、昭和20年5月29日、横浜大空襲当日の様子が書かれいますので、その一部を引用します。「昭和二十年五月二十九日(火) 大倉山の分室に着いた途端に空襲警報、地下に待避、もう終りと思う頃に落下音、伏せていた身体を起こして消火にかかる、まごつきながら毛布を濡らす作業を手伝う。火も消え全員整列、各階に配置、医務室に配置されて間もなく玄関前に山の下の民家から怪怪(け)我(が)人(にん)が運ばれて来る。子供の泣き声、ねかされたまま動かぬ人、云々。 此の日の日記の一部です。私の見た戦争です。緊張に怖さが手伝って、震え乍乍(なが)ら医薬品を運ぶのが精一杯だった事を覚えています。」
横浜大空襲の際、研究所に命中した焼焼(しょう)夷(い)弾(だん)を消火した話は、研究所の日誌にも記されています(第33回参照)。また、この時、大倉山で戦災に遭われた鋤(すき)柄(がら)敏(とし)子(こ)さんは、『横浜の空襲と戦災1 体験記編』で、たんかに乗せられて精神文化研究所にかつがれていったと記しています。そして大倉山の気象部にいた吉野さんの回想、期せずして揃った三つの記録からは、大空襲の時の様子や心情が生々しく伝わってきます。
『記録文集あおぞら』は、戦後解体し、人々の記憶の中にあるだけとなってしまった海軍気象部の業務のことや、戦死した先輩や同僚のことを、記録に残していくために作られたものでした。また、文集の発行を通して記憶を呼び起こし、記録に残していくのは、「任務のため散(さん)華(げ)された海軍気象関係者の冥(めい)福(ふく)を祈る、私たちのささやかな具体的な行動の一つであると考えるから」だと、第1集のあとがきに書かれています。
まもなく67回目の終戦記念日を迎えます。記憶も記録も残す努力がなければ失われていきます。平和な未来を築いていくために、今を生きる私たちが出来る「ささやかな具体的な行動」は、戦争の記憶と記録をしっかりと引き継いでいくことではないでしょうか。
さて、江田さんにお話を伺った後に行われた講座は筆者にとって悲喜交々なものでしたが、「喜」の部分として、講座に来て下さった方に教えて頂いた情報から、大倉山の海軍気象部や日吉の海軍施設について新たな発見がありました。その話は次回に…。

記:林 宏美(大倉精神文化研究所職員)

 

付記
これまで「わがまち港北」の連載は、平井が担当してきましたが、今回は林宏美さんが執筆しました。平井には書けない話を、これから時々林さんに執筆していただきます。ご期待ください。
記:平井 誠二(大倉精神文化研究所研究部長)

 

 

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