港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

182回 小机が生んだ印刷王-バイブルの村岡さん-

 

グリン・ゲイブルス、アボンリー、プリンス・エドワード島といえば、『赤毛のアン』の舞台として有名ですが、アン・シリーズを始めとするモンゴメリーの数々の著作を日本に紹介した翻訳家が村岡花子です。その村岡花子を主人公としたNHK連続テレビ小説『花子とアン』が、3月31日から始まります。花子は、山梨出身で、大田区に住んでいたので、横浜とは縁がなさそうですが、実は横浜に本籍がありました。横浜市立図書館で、村岡花子で検索すると、なんと219冊もヒットします。

村岡花子は小机(こづくえ)と縁があり、晩年まで夫妻で度々訪れていました。前回ご紹介したように、平成2年(1990)1月の広報の「区内散歩」は、第74回「小机と村岡平吉(むらおかへいきち)」ですが、花子は、平吉の息子の嫁でした。今では村岡花子の方が有名ですが、かつては「バイブルの村岡さん」と呼ばれた義父村岡平吉の方が著名人でした。

村岡平吉は、嘉永5年(1852)に橘樹郡(たちばなぐん)小机村で生まれました。父は平左衛門、母はヤヱ子です。平吉は、明治の初年に東京へ出て印刷業の職工として修業をし、その後、横浜に戻り、フランス系の新聞社に勤めました。その頃キリスト教に接し、明治16年(1883)に横浜指路(しろ)教会(当時は横浜住吉教会といいました)で受洗(じゅせん)します。横浜指路教会は、福音(ふくいん)主義(プロテスタント)の教会です。

明治20年(1887)に平吉は上海(シャンハイ)に渡りました。1年間欧文印刷の技術を学んだようです。帰国後は、横浜製紙分社という出版社に10年間勤め、明治31年(1898)に独立して、中区山下町に福音印刷合資会社を創立します。福音印刷の社名は、福音主義から名付けたものと思われ、信仰と仕事が一体となっていたことが分かります。平吉は、聖書や賛美歌の本などキリスト教関係の書物をたくさん印刷しましたが、国内は素より、インド・中国・フィリピンなどアジア諸国の聖書も一手に扱い、「バイブルの村岡さん」と呼ばれたのです。

福音印刷は、明治から大正期の印刷業界で確固たる地位を築きました。社長の村岡平吉は、明治43年(1910)に出版された『開港五十年紀念横浜成功名誉鑑』で「印刷業の巨擘(きょはく)(指導的立場の人物)」の1人として顔写真入りで取り上げられています。

キリスト教徒としての平吉は、明治30年(1897年)から横浜指路教会の長老となっています。指路教会は、ヘボン式ローマ字で有名なヘボン博士の塾で学んだ青年たちが中心となり設立された教会です。そのヘボン博士が明治44年(1911年)にアメリカの自宅で亡くなったとき、指路教会では追悼会を開き、長老村岡平吉が祈(き)祷(とう)をしています。

村岡平吉は、中区太田町(おおたまち)に自宅を構えていましたが、生まれ育った小机との縁も続いていました。平吉は、大正11年(1922年)に亡くなりますが、仏教の13回忌に相当する昭和9年(1934年)5月20日、「村岡平吉氏十三週年((周))記念会」が小机で開催されています。その時の挨拶が『指路教会六十年史』に掲載されています。

福音印刷の事業は順次拡大し、銀座と神戸に支社を設けるまでになります。やがて、5男斉(ひとし)が横浜本社を、3男儆三(けいぞう)が東京本社の経営を引き継ぎました。株式会社としては東京が本社となります。村岡儆三は、出版社勤務の安中(あんなか)はな(後の村岡花子)と営業活動中に知り合い、大正8年(1919年)に結婚しました。実は、村岡花子はペンネームで、本名は「村岡はな」です。花子が儆三と結婚したとき、義父平吉はすでに70近い老人でしたが、平吉と結婚したと間違えられました。なんと、平吉の奥さん(花子の義母、結婚前に死去)の名も「村岡はな(ハナ子とも書く)」、同じ名前だったのです。

ちょっとややこしくも幸せな村岡家でしたが、平吉が大正11年(1922年)に亡くなり、翌大正12年の関東大震災では横浜本社が倒壊し、村岡斉や多くの社員が死亡しました。東京本社にいた儆三は、幸いにして生き延びましたが、東京本社の社屋は震災後の大火で類焼しました。「京浜間(けいひんかん)印刷界に於ける最有力者の1つ」(『指路教会六十年史』)とまで言われた福音印刷は、こうして壊滅しました。もし震災が無ければ…。人生の歯車を狂わされた村岡儆三でしたが、やがて新しい会社を設立し、妻の花子は翻訳家として『赤毛のアン』を三笠書房から出版することになります。その話は、NHKの朝ドラ「花子とアン」に任せましょう。

小机と村岡平吉、村岡花子については、篠原東(しのはらひがし)の峯岸英雄(みねぎしひでお)さんが、「「花子とアン」と小机を応援する会」を作って、調査研究と広報活動を続けいます。5月25日には港北図書館で講演会も予定されており、今から楽しみです。

 

記:平井 誠二(大倉精神文化研究所研究部長)

(2014年2月号)