港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第75回 サクラサク、春の訪れ -横浜緋桜を超えて-


先日、小学校2年生の娘から、桜はバラの仲間だと教わり驚きました。そこで、以前から気になっていた高田町(たかたちょう)の白井勲(しらいいさむ)さんにお会いしてきました。白井さんは、40年近くも植物の品種交配の研究を続けておられ、桜の新品種「横浜緋桜(よこはまひざくら)」の開発者として有名な方です。本職は農業と仰有(おっしゃ)っていましたが、まるで発明家のようでした。
桜の園芸品種は約300種類あるそうですが、「横浜」の名が付くのはこの「横浜緋桜」だけです。横浜緋桜は、寒緋桜(かんひざくら)を父(花粉)として、兼六園熊谷(けんろくえんくまがい)を母(タネ)として交配して、昭和47年(1972)頃に白井さんが作り出した新品種で、昭和60年(1985)に「横浜緋桜」の名前で農林水産省に品種登録(登録番号777)されました。
父親の寒緋桜は有名ですが、母親の「兼六園熊谷」は山桜の1種で、加賀の前田侯(まえだこう)が作った日本3庭園の1つ「兼六園(けんろくえん)」に植えられていた桜です。白井さんの作られた横浜緋桜は、鮮やかな緋色をした大輪の花を咲かせます。しかも、早咲き、中咲き、遅咲きの3種類があり、上手く植え分けると長い間楽しめます。多くの方がせっかくの花見の時期を見逃すことがないように、という白井さんの優しさから生まれました。
区内では、岸根公園や新横浜駅前公園、ワールドカップ大橋の両袂(たもと)などに植樹されています。遠くは、弘前公園(ひろさきこうえん)、ぐんまフラワーパーク、新宿御苑、東京都神代植物公園、長野県池田町、兵庫県西宮市、熊本県水上村(みずかみむら)などでも親しまれています。
そうした話を伺いに行ったのですが、白井さんは、作り終えた昔の話よりも、今作ろうとしている新品種の話を沢山聞かせてくれました。
日本の桜は冬の間は葉を落として冬眠しますが、春になると目を覚まして花を咲かせます。ところが、冬の無い南方へ移植すると、2年目で花を咲かさなくなり、3年で枯れるのだそうです。また、日本人が大好きな「染井吉野(そめいよしの)」は花の色が薄く、外国では必ずしも人気が無いそうです。
白井さんは、世界中の多くの人々に桜の美しさを楽しんでもらえるように、様々な気候条件の下で、しかも多様な色の桜を咲かせる研究を進めています。たとえば、東南アジアでも花を付ける桜の開発には、冬眠をしない桜を使って新品種を作り出すのだそうです。桜は日本を代表する花のように思われていますが、世界各地に野生種の桜があります。そうした野生種の1つに「ヒマラヤ桜」があります。ヒマラヤ桜は、ヒマラヤ山脈の標高1100~2300メートルの温暖帯に分布している耐寒性常緑高木の桜です。冬眠をしないヒマラヤ桜との交配により南方で咲く桜を作れるのだそうです。白井さん宅の庭に研究用に栽培されているヒマラヤ桜の親木がありました。やがて、白井さんの作られた桜が世界中の人々に親しまれる日が来るでしょう。楽しみです。
偶然にも、先日、新羽町(にっぱちょう)の杉山神社の石段脇にヒマラヤ桜の苗木が献木(けんぼく)されているのを見つけました。花を付けるようになるのには後10年くらいかかりそうですが、こちらも楽しみです。
また、新聞報道によると、八重桜(やえざくら)の名所として知られる菊名の「カーボン山」(通称)を、横浜市が平成17年度より数年がかりで取得し、「菊名桜山公園」(仮称)として整備する方針を決めたそうです。
さて、余談ですが、白井さんから、御自宅の隣に戦争中高射砲陣地があった話を聞きました。高射砲陣地は岸根公園や富士塚2丁目にもありました。大倉山にあったという話も聞いたことがあります。高射砲陣地の周囲には、探照灯陣地(たんしょうとうじんち)も作られました。区内にあった高射砲陣地や探照灯陣地を探しています。御存じの方は御教示ください。

(2005年3月号)