港北区の歴史と文化(シリーズ わがまち港北)

第82回 大倉山を訪ねて


この連載は、皆さんからの御教示により成り立っています。第80回で航空写真について書いたところ、太尾町(ふとおちょう)の中島志郎(なかじましろう)さんから、『航空写真地図3 空から見た横浜・鎌倉』(1980年、日本交通公社)に、昭和54年(1979)11月14日に撮影した市域のカラー写真が掲載されていることを教えていただきました。横浜市史資料室の久野淳一(くのじゅんいち)さんは、昭和46年度以降の航空写真が市庁舎刊行物サービスコーナーで注文できることを教えてくださいました。
緑区の相澤雅雄(あいざわまさお)さんからは、清水梨庵(しみずりあん)『梨庵句集 生涯吟行(ぎんこう)』(1955年、自費出版)のコピーをいただきました。

梅の丘に今日は見へざる富士をさす

昭和30年(1955)2月27日、大倉山の梅林を訪れた俳人清水梨庵は、この句など6句を残しています。「撮影の会梅の香に関はりなし」の句もありますから、当日はモデルが来てフィルム会社主催の撮影会が開かれていたようです。
また、鶴見区の松澤常男(まつざわつねお)さんからは、新吉田の滝嶋芳夫さん(たきしまよしお、第79回参照)が1992年に書かれた『おやじとおれたちの都筑・新田村小学校』という本をお借りしました。内容は、吉田の「百目鬼谷(ドーキミヤト)」の説明から始まり、滝嶋さんとそのお父さんの自分史という形を取りながら、明治から昭和にかけての新田村(にったむら、今の新羽、高田、新吉田)の様子や新田小学校の想い出、当時の人々の生活などが、鮮やかに描き出されています。
その巻末近くに、「大倉山の図書館」と題して、昭和7年(1932)秋、開館間もない大倉精神文化研究所附属図書館を訪れた時のことが書かれています。その一部を紹介しましょう。

我ら六年生は、この秋、太尾(ふとお)の山の上に完成した図書館を見学した……図書館では、毎朝九時になると鐘(かね)を鳴らした。それはお寺の釣鐘(つりがね)の音色(ねいろ)ではなかった。俺たちの聞いたことのない西洋の音色が、稲田を伝わって聞こえてくるのである、山頂で、あたりには何の障害物のない田園であったから、綱島・師岡・菊名・小机・新羽・吉田の四方から見え、その鐘の音は、一里四方からも聞こえてきたものだ。俺たちは、秋のピクニックのような、軽い気持ちで参加した……図書館の机や椅子は、オークやウォールナットで作られた高級品であって、今も一部が残されていると言う。(後略)

のどかな田園風景の中に、白亜(はくあ)の殿堂から聞こえてくる鐘の音、遊ぶ子供たち、一幅の絵画のようです。著者の滝嶋さんにお聞きしたところ、図書館の鐘が鳴らされていたのは開館からほんの数年間のことで、じきに鳴らされなくなったそうです。この鐘のことを覚えておられる方が他にもおられましたら、ぜひ御一報ください。
この鐘との関係は確認できませんが、研究所では、昭和8年(1933)6月に京都の高橋才治郎商店で梵鐘(ぼんしょう)を造り、塔屋の西側に吊して撞(つ)いていました。写真と拓本(たくほん)は残っていますが、鐘は戦争中に供出(きょうしゅつ)されたのか現存しません。
滝嶋さんが書かれている、図書館の机や椅子(いす)は今も使われています。11月1日から6日まで、第21回大倉山秋の芸術祭が開かれます。大倉精神文化研究所では、「図書館用品展」を開催し、歴史のある貴重な図書館用品を展示します。現物を御覧ください。

(2005年10月号)