『楽・遊・学』平成21年10月号原稿

シリーズ わがまち港北

第130回 郷土を造る人々 -自治功労者を知るための本-

 

タイトルにした「郷土を造る人々」とは、今回紹介する『自治行政大観』という本の昭和42年版の副題ですが、すてきなネーミングです。今年は、港北区が誕生して70周年の記念の年で、それにちなんだ記事を何度か書いてきました。地域社会の発展は、行政と地域住民が協力し合って形成してきたものであり、長年にわたり地域社会の発展に寄与してこられた方を自治功労者といいます。自治功労者とは、まさしく私たちの郷土を造ってきた方々です。
さて、『広報よこはま港北区版』8月号の別冊に、「のどかな田園でした・大倉山周辺」と題して、キュウリの苗(なえ)を栽培している畑を写した昭和13年(1938年)の写真が掲載されています。畑には釣り鐘(つりがね)形をした透明の容器がたくさん並んでいます。これはガラス製で、温室のように苗の発育を促すためのものです。頂上には換気用の穴が開いており、日焼け防止の紙が貼ってあります。耕作をしている人物は漆原粂七(うるしばらくめしち)さんです。このガラスカバーは粂七さんが特注で作らせたものでしょう。割れやすいものですから、70年後の現在はもう残っていないだろうと思い込んでいたのですが、なんと綱島東の池谷光朗(いけのやみつろう)さんが1つお持ちでした。感激しました。
この漆原粂七さんも自治功労者のお一人です。では、粂七さんとはどのような方だったのでしょうか。大豆戸町(まめどちょう)の武田信治(たけだのぶはる)さんのご尽力により、漆原家からこの写真と共に各種の資料類をご提供いただきました。その中に『自治行政大観(じちぎょうせいたいかん)』(下記の⑤です)という本がありました。書名だけ見ると地方自治体の要覧を連想しますが、中を見ると大半のページが人物辞典になっています。
『自治行政大観』によると、漆原粂七さんは明治30年(1897年)の生まれで、「26歳の時より白菜(はくさい)栽培を開始した白菜栽培の草分けで、……各地に指導講習を行った農業界の功労は著名である。この間優秀な栽培技術で品評会に入賞すること数十回におよぶ精農家(せいのうか)である。また一方地元においては生産組合長の重責を務めている自治界の有力者で、温厚篤実(おんこうとくじつ)な人物で人望が高い」(少し読みやすくしました)とか、「白菜栽培団子造(だんごづく)り式の考案者」「覆蕪(おおいかぶ)栽培法普及の功労者」などと紹介されています。粂七さんは、大倉山(太尾(ふとお))で最初に白菜の栽培を始めた人です。26歳というと、大正12年(1923年)頃でしょう。昭和51年(1976年)発行の『港北百話』に「白菜は、今から50余年前、満州(まんしゅう)の高野農園から漆原粂七という人が種子(しゅし)を取り寄せて作り始めた」と記されているのと、ほぼ符合(ふごう)します。通常、白菜はタネを畑に直播(じかま)きしますが、粂七さんは泥団子(どろだんご)にタネを植えて、苗を育ててから畑に植えるという栽培法も考案していました。このやり方は手間が掛かりますが、新芽を虫に食われなくてすむという利点があります。
『自治行政大観』には、漆原粂七さん以外にも、現在の港北区内に在住していた自治功労者が114名掲載されています。第37回で紹介した『神奈川県姓氏家系大辞典』(角川書店、1993年)では区内在住者はわずかに23名でしたから、圧倒的な人数です。そこで、調べてみると類書がたくさん見つかりました。
①『自治団体之沿革』昭和2年、東京都民新報社      ②『神奈川県紳士録』昭和5年、横浜市誌編纂所
③『自治沿革史昭和風土記』(別書名、自治団体之沿革)、昭和6年、地方自治調査会
④『自治行政大観』昭和32年、地方自治調査会      ⑤『自治行政大観』昭和33年、地方自治調査会
⑥『自治行政大観』昭和38年、地方自治調査会      ⑦『自治行政大観』昭和41年、地方自治調査会
⑧『自治行政大観』昭和42年、地方自治調査会      ⑨『横浜紳士録』昭和35年、横浜紳士録編纂会
⑩『自治団体沿革』昭和47年、地方自治調査会
この内、⑨は相澤雅雄さんに教えていただきました。これら10冊に掲載されている港北区域の人物の合計は、重複分を除いて357名です。②と⑨以外は、大正6年(1917年)に篠田皇民(しのだこうみん)なる人物が創業した団体が作った本です。立項(りっこう)されている本人の経歴に加えて、家の由緒(ゆいしょ)も記してあるのが役に立ちます。掲載されている人物のお一人、篠原町(しのはらちょう)の臼井義常(うすいよしつね)さんに伺ったところ、臼井家と義常さんに関する記述内容は正確だとのことでした。たとえば、『日本紳士録』(昭和11年、交詢社(こうじゅんしゃ))などが高額納税者のみを掲載しているのに比べて、これらの本は地域社会に貢献している人を掲載していることに意義があります。今後の調査、執筆に大いに役立ちそうです。


記:平井 誠二(大倉精神文化研究所専任研究員)

 

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