『楽・遊・学』平成23年12月号原稿

シリーズ わがまち港北

第156回 加山道之助、そして思いつくままに

 

9月号の白瀬中尉(しらせちゅうい)から始まって神部健之助(かんべけんのすけ)へと続いた調査は、さらに新たな展開を示します。まさに、秋の収穫は芋蔓式(いもづるしき)です。南区の増田恒男(つねお)さんから、尚趣会(しょうしゅかい)の会員名簿『名かがみ』を見せていただきました。前回紹介した『尚趣集(しょうしゅしゅう)』よりも16年ほど古い名簿で、昭和10年(1935年)頃の26名の会員が記されています。これによると、神部健之助の住所は、まだ神奈川区南軽井沢となっています。港北区域在住者では、前回紹介した西村栄之助、多尾伊四郎に加えて、『尚趣集』には記載が無かった篠原町(しのはらちょう)(現、仲手原(なかてはら)二丁目)の加山道之助(かやまみちのすけ)の名が記されており、趣味は「郷土史料と土俗品」と書かれています。郷土史料は、特に横浜開港関係の史料を収集し、土俗品は、全国各地の郷土色豊かな玩具を収集していました。加山道之助は、当時、尚趣会の世話役的立場にあり、『名かがみ』の編纂(へんさん)に係わり、「はしがき」も執筆しています。

加山道之助は、明治10年(1877年)生まれで、家業は質屋でしたが、横浜史談会を主宰(しゅさい)し、横浜郷土史研究会の会員でもありました。雅号(がごう)は可山(かざん)、これは名字(みょうじ)と同じく「かやま」とも読めます。郷土玩具収集の仲間で玩具党(がんぐとう)を結成していたことから、それをもじって「頑愚洞(がんぐどう)」とも号していました。いずれの雅号もシャレです。
昭和5年(1930年)1月に発行された『郷土研究家名簿』には、全国の郷土史研究者663名が列記されていますが、神奈川県在住者はたった9名、その内横浜市内は中山毎吉(つねきち)、石野瑛(あきら)、加山道之助のわずか3名にすぎません。中区在住の中山毎吉は、相模(さがみ)国分寺(こくぶんじ)の研究で有名です。石野瑛は、考古学者・歴史家として有名ですが、仲手原二丁目にある武相中学校・高等学校の創設者でもあります。加山道之助は、鶴見の住所になっていますが、本が出版される直前に篠原町へ転居していました。加山は、元は中区真砂町(まさごちょう)に住んでいたのですが、関東大震災で焼け出され、一時鶴見に仮寓(かぐう)(仮住まい)し、昭和4年(1929年)53歳の時に篠原町に転居し、昭和19年(1944年)68歳で亡くなるまで終(つい)の住み処(すみか)としたのでした。名簿に記載された横浜市の郷土史研究者3名の内、2名が港北区に係わっていたというのは驚きです。
横浜開港資料館『開港のひろば』第30号には、横浜人物小誌第22回として、「横浜市史編纂(へんさん)主任加山道之助」を取り上げています。横浜市史の編纂は、大正9年(1920年)に着手されましたが、震災で烏有(うゆう)に帰(き)しました(すべて焼失すること)。そこで、加山等が中心となって資料収集から始めて『横浜市史稿』(全11冊)の編纂が行われ、昭和6~8年(1931~33年)の刊行までこぎ着けます。特に『横浜市史稿風俗編』は加山が執筆も担当して完成したものです。さらに、神奈川県史蹟名勝天然記念物調査会委員や『保土ヶ谷区郷土史』編纂顧問など、郷土史研究における加山道之助の主要な業績は、篠原町に転居して以降のことになります。

郷土史研究といえば、名著『箕輪のあゆみ』を著された小嶋英佑(こじまえいすけ)さん(85歳)が、7月に亡くなられました。ご冥福をお祈りいたします。
さて、加山道之助は若い時から俳人(はいじん)としても有名であり、子息加山達夫氏が『可山句抄(かざんくしょう)』(1990年)を出版しておられます。『可山句抄』に収められた全402句の内、4分の3程は篠原町に移り住んで以降に詠(よ)まれた句です。この本の「可山略年譜」によると、母は岸根村岩田喜左衛門の長女とあります。加山が晩年に篠原町へ移転したのは、母親の出生地に近かったことが関係しているのでしょうか。
歌つながりでいえば、沙羅(さら)短歌会(伊藤宏見(ひろみ)主宰)の機関誌『沙羅』が、本年3月で創刊20周年を迎えました。おめでとうございます。沙羅短歌会児童指導部は、本年度の「港北区地域のチカラ応援事業」の補助金を受けて、区内の小学生に短歌指導を行っています。
また、無名指(むみょうし)さんから、平成23年春の日付け入りの『篠原歩好会の想い出』という短歌集をいただきました。山野草を数多く詠み込んでいる素敵な歌集です。無名指とは「ななしゆび」とも読みます。あえて名無しとされているので、名前はそのままにしておきます。大倉山在住の坂本愛子さんからは『五行歌集 花嫁人形』(2010年3月刊)をいただきました。この場を借りて、お二人に感謝申し上げます。

記:平井 誠二(大倉精神文化研究所研究部長)

 

 

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