『楽・遊・学』平成25年6月号原稿

シリーズ わがまち港北

第174回 地区分けから歴史が見える

 

前回から大倉山さんぽみちを歩き始めたばかりですが、ちょっと休憩して、港北区域の地区分けについて考えてみます。
3月30日に港北公会堂で、第5回港北ふるさと映画祭が開催されました。主催団体の1つ、港北ふるさとテレビ局のロゴマーク(右上参照)を見ていて、気が付きました。これって、港北区の形と区内を流れる鶴(つる)見(み)川(がわ)、矢(や)上(がみ)川(がわ)、早(はや)渕(ぶち)川(がわ)、鳥(とり)山(やま)川(がわ)を図案化しているのですね。
横浜市が18区に分かれているように、港北区もいくつかの地区に分けることが出来ます。ロゴマークのように、川で区切られた地区や、山の稜(りよう)線(せん)で区切られた流域など、自然地形で区分けすることも出来ますし、住民の生活集団で区分けをすることも出来ます。
区内には153の自治会町内会があり、それらが日吉、綱島、大曽根、樽(たる)町(まち)、菊名、師(もろ)岡(おか)、太(ふと)尾(お)、篠(しの)原(はら)、城(しろ)郷(さと)、新(につ)羽(ぱ)、新吉田、新吉田あすなろ、高(たか)田(た)の13地区の連合町内会を組織しています。区役所では区内をこの13地区に分けて考えることが多いようです。港北区社会福祉協議会も、区内を連合町内会と同じ13に分けて「地区社会福祉協議会(地区社協)」を組織して活動しています。「港北区地域わかりマス」(2009年12月)や、平成24年度の「ひっとプラン港北」も、この13地区で分野別シートを作っています。これらを見ると、港北区内も各地区により様々な特徴があることに気付きます。
この地区分けの元になっているのが町(まち)であり、さらにその元になっているのが江戸時代の村です。
『新編武蔵風土記稿』を見ると、港北区域に200年ほど前にあった19の村が記されています。掲載順に書き上げてみましょう。カッコ内は現在の町名です。矢(や)上(がみ)村(日吉)、駒(こま)林(ばやし)村(日吉本町)、駒(こま)ヶ(が)橋(はし)村(下(しも)田(だ)町(ちよう))、南綱島村・北綱島村(綱島西、綱島台、綱島東)、大曽根村(大曽根、大曽根台)、樽村(樽町)、箕(みの)輪(わ)村(箕輪町)、師岡村(師岡町)、菊名村(菊名)、大(ま)豆(め)戸(ど)村(大豆戸町)、太尾村(大倉山)、篠原村(篠原町、仲手原、富士塚、錦が丘、篠原東、篠原台、篠原西、篠原北、新横浜)、岸根村(岸根町、新横浜)、鳥山村(鳥山町、新横浜)、小机村(小机町)、新羽村(新羽町)、吉田村(新吉田)、高田村(高田町、高田西、高田東)です。
実は、村境と町境の境界線は時々変更されているので、ごく大ざっぱな対比と御理解ください。日吉は矢上村、日吉本町は駒林村、下田町は駒ヶ橋村が名前を変えたものです。住居表示施行が早かった篠原町は、仲手原、富士塚、錦が丘新横浜などの町名に分けられましたが、区内の大半の町は、江戸時代の村を受け継いでいることが分かります。
これらの村は、武(むさ)蔵(しの)国(くに)橘(たち)樹(ばな)郡(ぐん)と都(つ)筑(づき)郡(ぐん)に属していました。以前に、古老の方から伺った話ですが、戦前、下田町と高田町の子供たちは仲が悪くて、よく喧嘩していたけど、それはかつて下田が橘樹郡日吉村で、高田が都筑郡新田村だったからだ、といわれていました。筆者に真偽は分かりませんが、興味深い話です。
江戸時代からの村々は、明治22年(1889年)の市制町村制施行により大合併させられ、港北区域には、日吉村、新(につ)田(た)村(むら)、大(おお)綱(つな)村(むら)、城(しろ)郷(さと)村(むら)(最初は小机村)、旭(あさひ)村(むら)が誕生しました。江戸時代の村名は大(おお)字(あざ)となりました。
大綱村などこの時に作られた村名は、地域が横浜市に編入される昭和の初めまで40~50年程使われましたが、大字(江戸時代の村名)を町名としたことにより、廃(すた)れてしまい、現在では学校名等のごく一部にしか残っていません。生活に密着しなかった所(せ)為(い)でしょうか。こうして、いまでも、私たちは江戸時代の村の名残りの中で生活しているのです。
さて、港北ふるさとテレビ局は、現在の港北区を記録して後世に伝える活動をしていますが、昔の港北区を記録した映像の収集・公開もしています。たとえば、神奈川ニュース映画協会が作成した昔のニュース映画「神奈川ニュース」から港北区関係のニュースを収集しています。昭和48年3月「寿楽荘オープン」、昭和48年7月「菊名に3000人プール完成」、昭和59年11月「大倉山記念館オープン」、昭和60年2月「早くて便利市営地下鉄伸びる」などで、その一部が港北ふるさと映画祭でも上映されました。今後の成果が楽しみです。
記:平井 誠二(大倉精神文化研究所研究部長)

 

 

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