第81回 「百年後の横浜」―その1―
- 2023.06.15
文章の一部を参照・引用される場合は、『大倉山STYLEかわら版!』(令和5年6月号)を確認の上、その書誌情報を典拠として示すようお願いいたします。
『神奈川新聞』の前身である『横浜貿易新報』紙上で、1930年(昭和5)6月2日から7月11日まで全37回にわたって連載された「百年後の横浜」(下の写真参照)という連載小説があります。
小説の舞台は2023年の横浜、つまり今年です。その百年前といえば1923年(大正12)ですから、関東大震災があった年です。関東大震災から100年後の横浜はどうなっているのか、作者宮野専太郎が空想した2023年の横浜、今現実に横浜で暮らしている私たちの目線で、この小説を読んでみましょう。
まずは、小説の大まかな設定を紹介しましょう。
2023年9月1日、横浜海岸通りに沿って万国海員ホームの「五層楼の大建築群」(以下、カッコ内の太字は引用文)、つまり5階建ての巨大ビル群が立ち並んでいます。自由貿易港となっている横浜に、世界中から集まる船舶の乗組員のための施設です。その裏手の崖下に磁気線の集積所がありました。その小屋では、「磁気の作用によって船舶に熱力を送り、または光力を送り、海上にある船から船へ光力を移動せしむるなどの磁力の作業」をするのです。まるで、最近流行のワイヤレス充電のようですね。スマホ用だけではなくて実は幾つもの種類があって、遠くまで電力を飛ばせる「放射型」にはレーザー方式、マイクロ波方式、超音波方式などがあります。
さて、小屋の地下室で磁気線の埋設工事を進めていたところ、地下4~5メートルの辺りでガレキの隙間から25、6歳の青年が掘り出され、なんと生き返るのです。
世界中の新聞はこの驚くべき奇跡を報道しますし、「極東日報のごときは、テレヴィジョンをもって、地中より蘇生せる青年を世界に紹介」します。連載当時、テレビはまだ開発が始まって間もない最新技術でした。日本でテレビ放送が始まるのは1953年(昭和28)のことですから、報道といえば新聞がメインでした。
なぜ青年は蘇ったのか、医学博士たちによると「この青年は関東大震災のとき酸素ガスの貯蔵器と共に埋没せられたが、酸素の流出によって身体の腐食を防ぎ、且つ適当のオキーシヘラー化学作用によりホルモンの生理的活動を助けて、心臓に活力を与えて、地熱と酸素との融和作用による動物磁気の感応で百年後の今日、なお当時の若さを保ち得られたもので、現代科学を超越した奇跡である」と説明されました。
この青年が小説の主人公浜野久です。すっかり変わってしまった世界で目が覚めた浜野は、何も分かりません。まるで浦島太郎のようです。その浜野の世話係となるのが大海原小夜子。浜野は、小夜子の案内で2023年の横浜を見学し、2023年の世界について学ぶという物語です。
案内役の小夜子は、「大海原伯爵家に生れ、十四歳にして米国ニューヨークのウイルソンカレーヂに海洋学と航海学とを学んで、卒業後は数年間の海上生活を挟んだ後、国際船舶東郷丸の船長としてイーストロンドン横浜間の運航に従事し、女船長として国際海運界に於て令名があり、イーストロンドン、横浜間を五日半にして航海して航海レコードの保有者であり、後辞して万国海員ホームの支配人となった」人物でした。連載当時は、まだ日本に華族制度がありました。
14歳でアメリカの大学に学び、国際航路の船長として世界記録を出した小夜子は、「秀麗な容姿と縦横の才気と、高潔な人格とをもって、廿一世紀の典型的な女性として活躍を続け」る24歳の独身女性でした。
この二人が見学する21世紀の横浜については、次回に。(SH)
(2023年6月号)