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催し物

第●回大倉山講演会/昭和の横浜をつくった建築家たち

2009.05.16
平成21年「大倉山記念館の建築様式と思想」/1

昭和の横浜をつくった建築家たち

  • 講 師:青木祐介(横浜都市発展記念館主任調査研究員)
  • 日 時:平成21年(2009516日(土)

横浜の都市と建築の歴史を振り返ったとき、大倉精神文化研究所が建設された「昭和」という時代は、どのように位置づけられるのでしょうか。

開港以来、横浜では外国人居留地を中心として、洋風建築による街並みが整備されていきますが、その都市景観を一変させたのが、大正12(1923)の関東大震災でした。

それまで都市の主役であった赤レンガの建物は甚大な被害を受け、震災後の街並みは、耐震耐火構造である鉄筋コンクリート建築が中心となっていきます。

昭和期に活躍した建築家たちは、この鉄筋コンクリートという骨格の上に、まるで衣服のごとく多種多様な建築様式をかぶせていきました。クレタ・ミケーネ文明の建築様式をまとった大倉精神文化研究所の建物は、昭和戦前期の百花繚乱ともいえる建築様式のなかでも群を抜いた存在だといえるでしょう。

その設計者である長野宇平治をはじめ、震災復興に尽力した市建築課の木村龍雄、多彩な様式の使い手であったJ.H.モーガンなど、横浜ゆかりの建築家たちを紹介します。

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