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大倉精神文化研究所

横浜市港北区地域の研究

第191回 後日談いろいろ -その4-

2014.11.01

文章の一部を参照・引用される場合は、『わがまち港北3』(『わがまち港北』出版グループ、2020年11月)を確認の上、その書誌情報を典拠として示すようお願いいたします。


例によって、過去記事の訂正と、追加情報等です。第182回で紹介した村岡平吉(へいきち)は、NHKの連続テレビ小説「花子とアン」では平祐(へいすけ)という役名になっていました。

ドラマの平祐は関東大震災を生き延びましたが、実在した村岡平吉は、震災の前年に病没しました。平吉が長老を務めていた横浜指路(しろ)教会では、会報『指路』第112号(大正11年5月20日)に「長老 村岡平吉氏逝(ゆ)く」と題して長文の訃報記事を掲載しました。それによると、平吉は晩年に喘息を患い、小机の別宅に住み療養していました。平吉が経営する福音(ふくいん)印刷の社屋を会場として、指路教会の理事会が開かれたとき、小机にいた平吉は病を押して出席し、その後中区太田町(おおたまち)の本宅に帰りますが、体調を崩して帰らぬ人となりました。YOUテレビの金子由佳さんからご教示いただきました。YOUテレビでは、9月に横浜ミストリー「花子とバイブルの村岡 ~小机が生んだ印刷王の物語~」を制作、放送しました。

『土地宝典』を見ると、後に村岡花子の別荘となる小机の土地は、平吉の所有地と記されています。平吉が晩年に療養していた別宅を、平吉の三男で、花子の夫である儆三(けいぞう)が相続し、後に花子夫妻の別荘として使ったものと思われます。ちなみに、『土地宝典』とは、土地の公図と土地台帳から編集した住宅地図のようなもので、明治期から昭和にかけて各地で出版されました。県立図書館や市中央図書館で閲覧出来ます。

花子の夫儆三は、『横浜今昔(こんじゃく)』(毎日新聞横浜支局、1957年)に「チャブヤのはしり」と題して、福音印刷のことを書いています。それによると、福音印刷では20台の印刷機械がフル回転し、500人くらいの工員が働いていました。福音印刷は、当時としては画期的な8時間労働を「ハマ」で一番早く実施しました。これは若き日の儆三が父平吉を再三説得してようやく実現したもので、各新聞で大きく取り上げられて、人一倍嬉しかったとの思い出を記しています。

第183回「小机の旧家村岡家」で紹介した日下部幸男(くさかべゆきお)さんの著作『小机の歴史』は、『小机城の歴史』の誤りでした。また「明治13年頃の小机村」という付図は、藤井廣作氏作図の「明治30年頃の小机村」です。日下部幸男さんからご教示いただきました。

日下部さんからは、第93回で紹介した謎の新聞『小机タイムス』についてもヒントをいただきました。調査の結果、金沢区在住の竹生英久(たけおひでひさ)さんが、50年ほど前、高校生の頃に『小机タイムス』の配達をされていたことが分かりました。編集は境野(さかいの)勝久氏で、新聞には6人程が係わっていたこと、小机の港和印刷株式会社で印刷していたらしいことも分かってきました。

第186回「菊名池」では、箕輪大池(みのわおおいけ)の跡地が社務所兼公会堂になったと書きましたが、正しくは、箕輪大池の売却益で社務所兼公会堂を建設し、町会へ寄付したものです。箕輪大池があった場所は、綱島街道沿いの港北消防署日吉消防出張所の南側辺りでした。日吉の酒井富美子さんからご教示いただきました。

さて、大倉山駅から大倉山記念館へ向かう記念館坂には、線路際に桜並木があります。この並木、いつ誰が植えたものか問い合わせを受けましたので、調べてみました。大倉山の吉原昭彦さんによると、昭和21年(1946年)頃、西山藤三郎(とうざぶろう)氏が発起人となり、戦地から復員してきた若者を集めて「青年同志会」という名称の青年団を結成し、戦争で荒れ果てた郷里を復興しようとしました。その活動の一環として、坂道に桜を植えたもので、吉原さんも手伝ったそうです。樹齢70年近い古木は大倉山の名物となっていますが、残念なことに、今年木を腐らせるキノコが生えたために2本を切り倒しました。植樹をされた皆さんの想いをここに書き記しておきたいと思います。

大豆戸町(まめどちょう)の武田信治(のぶはる)さんからは、アンパンマンの作者やなせたかし氏(柳瀬嵩、1919~2013 年)が大倉山に住んでいたのではないかと、尋ねられました。やなせたかし氏は、『アンパンマンの遺書』(岩波書店、1995年)と『人生なんて夢だけど』(フレーベル館、2005年)の2冊の自伝を書いています。その中に、大倉山に住んだことがあると書かれていましたので、本当なのか調べてみました。その成果は、港北図書館友の会の会報『本の虫』第5号に書きましたので、港北図書館でご覧ください。

情報を提供くださいました皆さまにお礼申し上げます。

記:平井 誠二(公益財団法人大倉精神文化研究所 研究部長)

(2014年11月号)

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